松沢裕作『町村合併から生まれた日本近代』を読んで、現在の町村の生まれを知る。 - 革新的国家公務員を目指してー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at the innovative official

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2013/11/25

松沢裕作『町村合併から生まれた日本近代』を読んで、現在の町村の生まれを知る。

町村合併から生まれた日本近代 明治の経験 (講談社選書メチエ)町村合併から生まれた日本近代 明治の経験 (講談社選書メチエ)
(2013/11/12)
松沢 裕作

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 これも中島先生の推薦だったと思う。

 日本の町村のもと、特に農村分では、村役人がいくつかの農家を束ねて、年貢の支払いの責任を負っていた。よって、年貢の支払い方法によっては、二人の領主に支払っていたり、隣の集落は別の領主に支払っていたりと、モザイク状に良知が散在し、一部は重複もしていた。

 これが江戸時代の村。これを明治に入っても踏襲して、少しまとめて組合村とか作ってきたが、大きな契機となったのは、地租改正。これによって、村役人、明治に入ってからは戸長とか呼ばれていたが、に税金をまとめて支払う義務がなくなり、ここの農地耕作者が地租を払うことになった。

 これが基本的なスキームの崩壊となり、明治11年(1878年)に、地方三法を制定して、府県制度と一定のエリアをもった町村制度を創設した。

 この結果として、従来の地縁に結びついた集落から、観念的、機械的に一定の規模でまとまった町村という組織と、府県の指示をうける行政機関の目としての町村の機関が生まれた。

 筆者は、この機械的な境界の議論と、境界を越えるグローバルな市場との議論をしているが、そもそも境界と市場が対立する概念なのかどうか、そういう議論をする人はよくいる(グローバル経済は国民国家を溶かしてしまうのような)、よくわからなかった。

 しかし、町村が明治時代にどうやって生まれてきたかのプロセスは詳細に記述されて、それだけでもよくわかった。この昔の町村って、田舎に帰ると、藤枝市でもこのあたりは昔は青島村だったとか、言っていまでもよく話題になるので、賢くなった気分がするな。
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佐々木晶二

Author:佐々木晶二
現役国家公務員(現在研究休職中)です。
早朝、毎日、一冊以上の読書を目指しています。
今は、平日は、都市計画と東日本大震災関係の本を読んでいます。
休日は、海外情報、古典、歴史など、幅広く教養をつけるための本を読んでいます。

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