古賀勝次郎『鑑の近代』を読んで、日本の法の支配は法家の伝統が背景にあったと知る。 - 革新的国家公務員を目指してー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at the innovative official

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2014/03/16

古賀勝次郎『鑑の近代』を読んで、日本の法の支配は法家の伝統が背景にあったと知る。

鑑の近代: 「法の支配」をめぐる日本と中国鑑の近代: 「法の支配」をめぐる日本と中国
(2014/01/25)
古賀勝次郎

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 最近、国会でも法の支配、立憲主義、法が支配者の拘束するか、といった論点が議論になっている。

 立憲主義を支持する立場の方は、芦部信喜先生の憲法の教科書で「憲法学が対象とする憲法は、近代に至って一定の政治的理念に基づいて制定された憲法であり、国家権力を制限して国民の権利・自由を守ることを目的とする憲法である。」(芦部『憲法』p5)などを引用している。

 また、この憲法、法が国家権力を縛るという考え方の背景には、権力者も縛る自然法という考え方があるというが通説である。

 この議論から、この自然法というのは、キリスト教国家の発想だとか、神が人権の国民に賦与したという考え方に基づくのであって、現在の日本人の発想になじまないのではないか、という議論も見られる。

 この本は、日本と中国において、19世紀に西洋の圧力を受けるまえから、儒教のほかに、管氏という法家の始祖にあたる学者が、儒教が大切にする道徳と法家が大切にする法を一体的に考える発想が生まれたこと、それを幕末の学者安井息軒を通じて、谷干城や井上毅に引き継がれ、その考え方が、立憲民主主義の受容に役立ったと説明している。

 これに対して、ほぼ同じ管氏の復権が中国であったにもかかわらず、中国では社会制度、法制度まで立憲制度に行き着くことは、孫文の辛亥革命直後しか維持できず、すぐに立憲主義は袁世凱によって放棄され、いまだに、中国本土では支配者を拘束するという意味でも立憲主義、法の支配はないと言われている。

 明治の政治体制をつくった先輩方は、決してものまねのために立憲制度を導入したのではないこと、深い、儒学、法学の伝統を踏まえた議論をした上で、憲法を制定していった事実を、確認できたことは、非常に大事なことだと思う。

 著者はハイエクなどを研究している理論経済、社会思想史が専門の早稲田の先生だが、法の支配をめぐって、「芦部信喜先生を知ってますか、佐藤幸治先生を知ってますか」などと議論するのではなく、なぜ、先達たちが立憲主義が日本にふさわしものとして明治憲法起草時に考え、そして実現したかを、もっと深く知る必要があると思う。
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佐々木晶二

Author:佐々木晶二
現役国家公務員(現在研究休職中)です。
早朝、毎日、一冊以上の読書を目指しています。
今は、平日は、都市計画と東日本大震災関係の本を読んでいます。
休日は、海外情報、古典、歴史など、幅広く教養をつけるための本を読んでいます。

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