「これからの日本に都市計画は必要ですか」を読んで、もう一度、都市計画の歴史を学び直す必要性と若手の問題意識への共感を感じた。 - 革新的国家公務員を目指してー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at the innovative official

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2014/05/28

「これからの日本に都市計画は必要ですか」を読んで、もう一度、都市計画の歴史を学び直す必要性と若手の問題意識への共感を感じた。

白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか
(2014/05/26)
蓑原 敬、藤村 龍至 他

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 これはコメントが難しい。何度か読み直してあまたを整理する必要がある。

 まず、最初の簑原先輩の都市計画の思想史の部分で、自分は見落としていた部分については、補足して勉強しなおそうと思う。

 次に、若手の学者や建築家の問いについて。

 問題設定では、まず、饗庭先生の「都市の縮小」の問いかけが自分には一番の関心事。

 都市が拡大する時には、その民間の圧力をコントロールする意味での規制誘導がきくが、縮小という時代になると、不規則に空き家が増えてきて活力が失われる。その中で、空き家を地道にリノベーションしたり、別の公共施設に丁寧に変えていくという、従来の都市計画制度にない取り組みが必要になると思う。

 次に、野澤先生の「コンパクトシティ」への疑問。

 これは、最近、コンパクトシティという言葉がマジックワードのようになっているが、そもそも何を課題として認識して何のためにするのか、そのために、どの地域まで対象にするのかが、あいまいで議論が混乱していると思う。個人的には、中山間部の限界集落をどううまく撤退させるかの方が切実で、それには集団移転のような手法が必要だが、郊外団地の高齢化や空き地の発生については、それなりに集積しているので、自主的に移住するのはあっても、総体として郊外団地自体をまちなかに引っ越すということはありえないと思う。そうであれば、野澤先生のいう「スポンジ状」の状態で、どうやって生活環境を維持しているかについて考えるべきではないか。

 姥浦先生の「マウタープラン」の議論は、実態が伴っていないことはわかるが、本当は、より構想段階での住民の意見を聞いたり参加したりする仕組みとして十分つかえると思う。なんとなく場所は確定していないが、このあたりに、こういう施設をつくりたい、といった議論を始めるにはマスタープランの段階が一番いいのではないか。また、今回の震災では、人口規模に基づいた適切な造成地の規模の判断とか、その縮小した市街地の大まかな位置などについて、結局、対応できなかったが、それなどは、まさにマスタープランで市民と議論すべき課題ではないか。

 藤村先生の「都市はなんで面で議論するのか」というのは、結局、点としての建築物や公共施設などが、それなりのインパクトをもって都市を形作っていくということでは真実を語っているが、それほどめだたない普通の建築物相互の外部不経済を抑えるという観点では、面としての都市計画が必要なのではないか。

 日埜先生の「計画よりもシミュレーション」という議論は、結局、漸進主義、少しずつ手を加えて都市構造のインパクトをみながら、計画をしていく、という議論と同じ結論になりそうな気がする。今のような経済成長が鈍化し、人口減少時代では、大きな都市の設計図をえいやっとつくる時代ではなくて、インクリメンタリズムで漸進的に計画をつくっていくし、その判断としてシミュレーションが必要になっていくと理解した。

 中島先生の「時間に向き合うべき」は全面的に賛成。若手の議論ではあんまり支持をうけていなかったが、結局、ものごとの正統性は過去の歴史とそれをどう改善するかということに帰着すると思う。それは津波にやられて更地になったところも同じ。ここも別に白地になったのではなくて、過去の街の記憶もあるし、実際にも複雑な地権者の存在もある。そういう過去の歴史をもっと勉強して、都市計画を考えていくことが必要。

 いずれにしても、最近では都市計画というのは、都市計画法にかいてあることだけで、ほかの法律とかそもそも法律以前の理論について都市計画という言葉で語らなくなってきている。これって過去の蓄積、海外での議論とかけ離れていると思う。

 もっと、多様な国民のニーズ、多様な政策目的を内包した形で、都市計画の議論をしているのはすばらしいと思う。

 何回か読み直してみたいし、先生方ともいろいろ議論をしてみたい。まず、一読した感想です。
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No title

はじめまして、市が無い地方公務員でございます。
私もこの本読みました。とはいえ内容が結構難しく、あまり理解できておらず、何度かまた読み返そうとは思っています。
コンパクトシティに関しては私の自治体でも議論が分かれます。
私の自治体はいわゆるベッドタウンで、面積は狭く、しかも人口密度が高い。よってすでにコンパクトであるという議論です。
この本でも書かれていた通り、「ネットワーク志向」が重要なのかなと思いました。小さな自治体とはいえ、隅から隅まで公共交通がカバーできているわけでもありませんので・・・。
コンパクトシティは理屈ではわかっても落とし込みが難しいですね。

Re: No title

コメントありがとうございます。
少し整理した論考がありますので、よろしければ、ご覧ください。
http://www.minto.or.jp/print/urbanstudy/pdf/u59_02.pdf

限界集落の議論について

中山間地域の自治体職員をしています。(30代です。)
一点だけ、気になったのでコメントします。
限界集落の撤退ということを考えられる際は、その集落がなくなることでのデメリット(人工林や農地が管理放棄されることによる国土保全機能の低下、野生動物の生息域拡大による他地域での獣害の増加、山村の文化的知識財産の断然などが推測されます。)を十二分に検討されることを望みます。集落維持のための社会コストの負担は、果たして上記のことをはじめとする集落消滅によるデメリットよりも重いものなのか。。
ただし個人的には、そうしたメリット・デメリットで判断する損得論を超えて、そこに住みたい人がいる限り、最後の1人まで見守り続けることが公のあるべき姿だと思っています。
国土保全機能の低下や獣害の話は、裏付けとなる科学的な知識を持ち合わせていないので、多分に憶測で言っており恐縮ですが、国の職員をされているような方には是非ともそのような視点を持って欲しいと思っていたため、急いでコメントいたしました。

Re: 限界集落の議論について

tetsu様

 コメントありがとうございます。小生は、限界集落はその地域の自立性と自主的判断を尊重すべきとの考えです。ただし、その集落の方々の生活環境の維持のために秩序ある撤退計画の選択肢もあっていいと思いますが、それを行政が提示して最終的に判断するのは住民の方々だと思います。最近、限界集落の本にコメントしたのでこちらも御覧いただければと思います。
http://shoji1217.blog52.fc2.com/blog-entry-3159.html

丁寧なお返事ありがとうございます。
お示しいただいたリンク先の文も読ませていただきました。ほぼ全面的にご意見に賛成します。ご活躍を期待します。
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プロフィール

佐々木晶二

Author:佐々木晶二
現役国家公務員(現在研究休職中)です。
早朝、毎日、一冊以上の読書を目指しています。
今は、平日は、都市計画と東日本大震災関係の本を読んでいます。
休日は、海外情報、古典、歴史など、幅広く教養をつけるための本を読んでいます。

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