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2014/07/04

福川裕一『ゾーニングとマスタープラン』を読んで、要はマスタープランをどういう政策のために使うかが論点だと思う。

ゾーニングとマスタープラン―アメリカの土地利用計画・規制システムゾーニングとマスタープラン―アメリカの土地利用計画・規制システム
(1997/05)
福川 裕一

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 アメリカの都市計画制度の動きを勉強するために、家に積ん読になっていた本を読んでみた。

 2000年より前の本なので、最新情報というわけではない。

 最近はマスタープランという議論がアメリカでは下火だと理解しているが、当時はマスタープランが議会の議決をえていないのに、それを前提にゾーニング変更を拒否できるかなどの法的論点があったらしい。

 結局、個別の規制をする都市計画、日本だと地域地区とか都市計画施設とか市街地開発事業の前段に、もう少し、大きな観点から、より先行して住民に対して都市計画の方向性を示す、政策的な必要があるか、ということだと思う。

 僕は、人口減少で都市構造、国土構造が大きくかわっていく現在は、そういう政策的意義があると思う。

 まず、その市町村の人口規模、世帯規模の予測、そして、それを前提とした居住地面積がどれくらい減るのか、それを前提にした商業地面積がどの程度になるのか、必要な公共施設がどれだけ減るのか、そして、もっとも大事なのは、どの程度に生活空間の規模を縮小すると、どの程度、都市行政のコストが減るのか、という目標を明らかにするという、政策目的はとても大事だと思う。

 市町村マスタープランは、内容も自由にかけるし、都市計画区域を越えても書くことができる。

 まじめに市町村の将来を考え、用途地域や市街化区域の中の縮小といった矮小化した議論ではなく、都市全体として、どうやって縮小していくのか、高齢者用の福祉施設、医療施設をどうまちなかに集約化していくのか、という大きな議論をする場として、マスタープランは使えると思う。

 姥浦先生が簑原先生にマウタープランは必要かどうかという質問をしていたが、そういう、通常の都市計画より先をみて大きな方針をたてる必要がある時代にはマスタープランは必要だし、それが今だと思う。

 国土形成計画とか国土利用計画とかあっても役立たない、受け皿となる市町村の部局もない計画制度は横においておいて、一応担当部局のある都市計画の枠組みで、都市の将来像、財政の観点からも持続可能な縮小した都市の姿(都市計画区域外も含む)を描く作業を全市町村がすべき。

 そういう意味で、人口縮小時代、都市縮小時代の都市計画の理念をきちんと都市計画法に書き込んで、これに従って、マスタープランの改訂を市町村自らの問題として考えてもらうことが大事だと思う。

 都道府県のマスタープランも書く内容の限定をはずして、むしろ都市計画区域がない、町村レベルの地域での広域的な町村、集落の縮小プランを考えるべき。市は市町村の都市計画マスタープランにまかせて、(というか市町村マスタープランと同じでいいので)、町村は、町村自体も消滅する可能性もあるので、ここは県が縮小プランを考えるという分担がいいのではないか。

 要はマスタープランとゾーニングという議論は制度インフラの議論なので、理屈ではなく、必要性があれば、使えばいいという話だと思う。
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プロフィール

佐々木晶二

Author:佐々木晶二
現役国家公務員(現在研究休職中)です。
早朝、毎日、一冊以上の読書を目指しています。
今は、平日は、都市計画と東日本大震災関係の本を読んでいます。
休日は、海外情報、古典、歴史など、幅広く教養をつけるための本を読んでいます。

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